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刀根里衣氏からマレーク・ベロニカ氏宛ての手紙その3

 

親愛なるマレーク・ヴェロニカさま、

 

朝晩の冷え込みが厳しくなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。


ついこの間まで暑い夏だと思っていたら、いつの間にか冬がすぐそこ、街はだんだんクリスマスムードが漂ってくる季節ですね。冬は寒いのですが、なんだか幸せで温かい気持ちになるイベントが多くて好きです。さて、お手紙のお返事ありがとうございました。今回もわくわくしながら拝読させていただきました。

 

私の息子の名前はノア(Noah)と言います。父親がイタリア人なので、日本語でもイタリア語でも読みやすい名前を選びました。先日の10月15日に3歳の誕生日を迎えました。時間が経つのは本当に早いです。マレークさんの一番下のお孫さん、マルツィくんとは歳が近いですね。まだ何色にも染まっていない子供たちには「国境がない」という言葉がよく似合いますね。実は、10月31日まで日本に帰っていたのですが、息子は幼稚園にもすぐに馴染んで、毎日お友達とはしゃいでいたようです。マルツィ君ともいいお友達になれるかもしれないですね。マルツィ君のお写真楽しみにしております。


 「ラチとらいおん」のお話、とても興味深かったです。実は、私もその日本人の1人です。らいおんがラチの元を去って行ったとき、とても悲しかったのを覚えていますし、今読んでもそうです。ハッピーエンドだけれども、少し哀愁漂うというか、なんだか名残惜しい感じが日本人の心に響いたのでしょうね。逆に、ハンガリーの方達がそういう風に解釈しないということに驚かされました。

 

私はイタリアに住んでもうすぐ10年になりますが、絵本の交流イベントなどで文化の違いに戸惑うことがよくあります。


「あなたの絵本はとても素敵ですね」などといった言葉をいただくことがあるのですが、私は日本人なので「いえ、そんなこと全くありませんよ」と全否定してしまうのです。これはイタリア人からしたら理解不能な言動のようでよく「どうしてそんなこと言うの?」と聞かれてしまいます。イタリアでは褒められると堂々と「嬉しいです、ありがとう。」と受け止め、自分について喋り始めるところを、日本には「謙遜」という文化があり、そこを素直に受け止めずに否定するということがあります。それが自分の中にしっかり根付いてしまっており、10年経った今でもその辺りの対応に苦労しております。


「謙遜」という文化は日本の美徳だと思いますが、こうやって褒められた言葉を素直に受け入れるのは、つまりありのままの自分を受け入れるということであり、素敵なことだなと思います。


あと、イタリア人であれば「ありがとう」という場面で私はよく「ごめんなさい」と謝ってしまいます。

それにしても、死をテーマにした本、とても難しいですよね。実は、私は一度だけ自分の経験をもとに死をテーマにした絵本を作ったことがあります。小さなネズミが主人公で、お星さまになってしまったという大好きな人を探しに行く物語です。もともとフランスで出版された絵本だったのですが、結局日本で一番反響がありました。それでも、あのような内容でよかったのかと今でも自問自答することがあります。


「死をテーマにした本」は、日本の場合乗り越えないといけない壁が多くあります。まず出版社が首を縦にふらないのです。そのような難しい、そして悲しいテーマの絵本は親が手に取らないそうです。ハッピーエンドで無難に終わる絵本が好まれます。そして親自身が子どもに「死」というものをどう説明したらいいのか分からないので、避ける傾向にあるそうです。


それでも、マレークさんのおっしゃるように、どうしても避けられないテーマだと思います。私たち絵本作家はそういった難しいテーマとも向き合って、発信し続けていく必要があるのではないかと感じています。伝えるのが難しい、悲しいからと背を向くのではなく、だからこそ向き合って、そしてどのように子供たちに寄り添いながら伝えるかを考えることが、大事なのではないかと考えています。

絵本のテーマを決めるのは、私にとってはとても難しいことです。実は、私はいつもテーマに困ります。もともと自分の絵が「大人向け」と言われることも多く、そのような絵のスタイルで子供に伝えられることは何かといつも葛藤しております。子供に向けたテーマの絵本、息子が生まれたこともあり、色々と頭の中で思いつくのですが、そのお話が私の絵のスタイルにはあっていないのです。他の絵本作家たちがうまく子供に伝えることのできる絵本を作っているのを見ると、落ち込むことも多々あります。だからと言って、そのアイデアに合わせた絵を描くと私の絵のスタイルが消えてしまい、個性がなくなってしまうようです。
いっそ、大人向けの絵本にしようかと思うくらいです。(出版社に売れないのでダメだと言われました。)


以前はただ絵本作家になることを夢みていて、がむしゃらに描いていたのですが、実際に絵本作家になることができ、しばらく時間が経つと、今まで見えていなかったネガティブな部分が見えてきたのです。


マレークさんは絵本作家を長い間やっていて悩んだことはありますか?


また、私は現在子育てをしながら仕事をしているのですが、バランスがうまく取れずに悩むことも多いです。仕事もしたいし、子どもといる時間もつくりたいと、私が少々欲張りすぎるのかもしれません。ただ、絵本作家というフリーランスの職業、せっかくお話をいただいたお仕事を断ってしまうと、もう依頼が来なくなるというリスクがあることも知っております。マレークさんのお子さんがまだ小さかった時、どのようにお仕事と育児を両立されていましたか?今は女性の社会進出が叫ばれて久しいですが、マレークさんが子育てをされていた頃は今よりももっと大変なことが多かったのではないかと想像します。

 

往復書簡の企画、このお手紙で最後ということで少し寂しく感じております。しかし、今回こうやって、マレークさんという絵本作家の大先輩とお知り合いになることができ、改めて嬉しく、光栄に思っております。なにせ子供の頃に自分が読んでいた絵本の作家さんとお手紙交換をしたのですから!
一生の思い出に残る経験の一つになりました。ありがとうございました。クリスマスに向けた絵本、楽しみにしております。


最後になりましたが、いつか是非、お会いすることができればと思います。その時までどうぞお元気でお過ごしください。


敬具

令和3年11月 日
刀根里衣

 

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